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2005.03.21 拡張するログハウス-interview with 中川信治(夢木香(株)) INTERVIEW


# 夢木香(株)の成長


 -夢木香(株)がどのように仕事をし、成長してきたのか教えていただけますか。

私がログハウスをはじめまたのは1987年でもう19年目になりますが、始めた人の中では後発隊のほうです。
その頃、自分で家を建てるということに、注目が集まりはじめました。その選択として、セルフビルドがメインだったログハウスが作られ始めたのだと思います。
当時は、多く人達がログハウスに魅力を感じ人生そのものを変えてしまいました。丸太の間伐材を刻み、隙間のある丸太小屋に住み、丸太のイスに座り、丸太で作ったベッドに眠り、丸太のキャンピングテーブルで食事をする、そんなことが、とても魅力的に思えたのです。
バブルだった当時、多くの人達は組織社会に入って行きました。しかし、人間はどこかで浄化作用を持っているものなのでしょう。組織社会に入っていくことに疑問をもつ者がいました。そういう人達が、3Kどころか5Kくらいのきつい仕事を見て、何故か魅力を感じたのです。
その頃には、ログハウスの世界にもスターがいました。スキーの三浦洋一郎さんの弟とか、星野さんとか、彼等の華麗なチェーンソーワークや物腰すべてがカッコ良くて憧れたものです。
私も、彼等に憧れて、スクールに通い作品に触れ感動し、この世界に入ってやっていこうと思ったのです。

-今、そういう方たちは何をなさっていますか。

皆、衰退してしまいました。彼等はスターであって、会社経営はできない人達でした。当時は、彼等が作ってくれるのであれば、いくらでもお金を出すお客さんが多くいました。ところが、当然のことですが、年を追うごとに、品質や予算が重視されはじめました。したがって彼等がいちばん苦手なことでしたから、次々と衰退して行きました。

当時は、「丸太組工法」という法規はなくて、ログハウスは住宅地に建てられない違法建築物でした。ですから、無指定の土地に違法で建てていました。確認申請も当時はずぼらで、出さなくてもうまくいっていた時代でしたから。しかし、マスコミやTVで取り上げられて、さすがに建設省も焦ったのでしょう。私がやり始めてから5年くらいして、丸太組工法に関する法規が作られました。
それまでは、住宅というのは、柱で建てるものと認識されていて、横に積むものではなかったのでしょうね!

-ちょうどバブル崩壊にあわせて、ログハウスが普及し始めたといえるのでしょうか。

バブルの影響かどうかはわかりませんが、バブル時代の億ションから自然志向に人々の興味が移りはじめたのではないでしょうか。豪華志向から自然志向に、、、、木の家(丸太小屋)に住むのが魅力的であると価値観が変わり始めたような気がします。
最初の頃は、ログハウスの注文なんて全くありませんでした。「セルフビルドで棟まではあげたが、その後が大変なので手伝って欲しい。」というような仕事(?)はチョクチョクありましたが。また、建て終えて使わなくなったクレーンを、中古で売って、買った人がそれを使ってまた建てる、というようなことよくありましたね。

-その頃は、ログハウスメーカーもなかったのですね。


だから、会社を始めた頃は、ウッドギャラリー夢木香という名前でやっていました。
オークビレッジが全盛の頃で、店にはその商品などを並べていました。我々はログハウスを建てたかったのですが、建築依頼してくれる人は誰もいなかったのです。
当時は、施工途中に間取りを大きく変更したり、「いい丸太があったからここに使おう」、というようなことが平気で、できた時代でした。しかし、このやり方では商売にはなりません。
それで効率を考えて、我々は最初からカナダからログハウスの輸入しました。今でこそログ部材の輸入は当たり前ですが、当時、他の人達は長野や山梨にヤードを持ち加工していました。そんな中で我々は街中に会社を構えて、海外から輸入をしていました。Tシャツにサスペンダー、そしてレザーの釘袋をぶら下げてやるのがお洒落だったログビルダー達から見ると、輸入してやっていると、「それは本物のビルダーではない」と、バカにされたりしました。
しかし、このほうが工程や品質が守れることもあって、仕事が順番に増えていったのです。

なんとかログハウスがビジネスとして成り立つようになり始めた頃、フィンランドのログハウスが注目されはじめました。カナダのログハウスは、無垢の丸太をビルダーがキザミますが、フィンランドのログハウスは機械加工のマシンカット材を使います。当時、多くの人が、フィンランドのマシンカット材を「おもちゃだ」「ログじゃない」、と言っていましたがログハウスがこれからもっと普及していった場合、日本人の性格からすると品質とコストのことを考えると、これからはマシンカットの時代が来ると直感しました。
だからフィンランドログを扱い始めたのも、ログ業界では随分先行していました。
比重でいうと、当時はほとんどがカナダログでしたけれど、現在はほとんどがフィンランドログです。

-お客さんに変化はありましたか。

昔は、サークルを作ったりして、チェーンソーで丸太をキザムことを楽しいと思うアウトドア好きの人達がほとんどでした。
しかし最近では、「ツーバイフォーや在来もいいけれど、ログハウスもいいね。」とか「子供がアトピーなので、ログハウスはエコ住宅だからいいかもしれない。」などと言う理由で撰ぶ人達が多くいます。ですから、環境、エコロジーに対する意識の高い人たちが、少し値段は高いけれどログハウスを建てる、また、定年後の第2の人生を歩み出す夫婦が、普通の家じゃつまらないからログハウスを選ぶというような人達が増えてきました。

-ログハウスというと別荘としてのイメージが強いのですが、やはり最初は別荘が多かったのでしょうか。

そうですね。1年に同じ別荘地で10棟くらい施工した時もありました。
でも今は逆に別荘を建てる人がいなくなってしまった中で、そのほとんどが住宅です。
もう一つの原因は、ログハウスの防火認定が合格したことにもあるのかもしれません。昔は虚偽の確認申請をだすこともありましたが、今は全くありません。お客さんも街中にログハウスを持つならば、わざわざマンションを借りて、セカンドハウスにログを建てなくても、ファーストハウスでログでも良いのではないかと思い始めたのではないでしょうか。

-会社はどのように変化していったのでしょうか。

それは世の中の流れというよりも、夢木香という会社自体の流れですが、こうみえても僕は、無口で営業なんて考えもつかない人間でした。だから始めは、営業は他の人に任せて、建てる方に廻っていました。そうすると、色々とうまくいかないことが起こり始めて、会社が窮地に追い込まれ、人間関係にも支障がでてきてしまったのです。それで10年くらい前に、いったん社員を全部解雇しました。
その直後は、私とパートの女の子2人くらいしかいなくて、木の小物だけ売って食べていこうかと思っていたくらいです。だから、ログハウスの話がきた時は、当然、他に営業マンがいないので、自分で対応するしかなかったわけです。無我夢中でしたが、逆にそんな素人くさい営業がよかったのか、大きな契約物件が、A-4サイズの紙に書いた平面図と立面図でだけで受注することができたのです。
しかし、自分で営業をして現場には管理くらいまでしか関わらないようになると、複数の施工ができないので、どうしようかと困っていました。
そんな時、幸運にも世の中は不景気になっていて、ログビルダーで働き口がないという人達が、ちょうどよいタイミングで夢木香で働かせてほしい、と言ってきてくれたのです。
それが今のメンバーです。
笑い話ですが、面接で顔を見て、こいつなら大丈夫だと思ったらその日からお願いします、という感じで決めていました。

彼等はログ好きだったり、カナダで修行をしてきたようなメンバーではありましたが、大工ではなかったので、最初の頃は大変でしたね。見よう見まねで、土台を工事するのに二日もあればできる工事を何日も掛けてやっていました。
でも、ありがたいことに彼等は勉強熱心でしたから、みるみるうちに腕をあげていきました。
最初は、失敗のくり返しでしたが、いつのまにか一人前の大工でさえ認める程の腕前になっていました。今では、いっぱしでたたいてきた大工にも、「夢木香の大工は早い」って褒めてくれるくらいです。
あと、助っ人の大工さんがくると、よく嫌がられます。夢木香の大工は休憩中も仕事の話ばかりだと、、、
それに、夢木香には上に立つものがいない分、年功序列もなく、誰が腕をあげられるか競いあっていましたから、伸びるのも早かったのかもしれません。



# 夢木香(株)の組織


-夢木香(株)は現場の大工まで正社員だと聞いていますが、そのメリットはどこにあるのでしょうか。一般的な住宅メーカーだと現場で働く職人は下請けに任せることも多いと思うのですが。

ログハウスは、想像しながら作っていく部分が多いですから、現場からがスタートです。矩計図がきちんと収まっていなくても、平面図と立面図くらいを手がかりにして届いたキットを組み立て、工夫してつくりこんでいくわけです。その部分での創意工夫で、完成度も大きく変わってきます。
ですから、大工まで社員だと、場当たり的な部分の連携がうまくいきます。
それから、夢木香の職人は日頃自由にやっていますので、設計士がはいった図面を渡すととても嫌がります。逆に普通の大工さんがきても、図面がないからどうしていいかわからないこともあるくらいです。

-夢木香(株)はいろいろなグループや代理店と経営していますが、普通の会社と比べると組織の緩さを感じます。グループや代理店などとはどのような関係で仕事をしているのでしょうか?

緩すぎるのでしょうね。たぶん私の性格なのでしょう。私は若い頃、音楽を仕事にしていて、会社に勤めたことがないのです、だからタイムカードで管理されるのは考えられません。仲間で作りあげていく感じが好きなのです、、、コンサートって、そうですよね。代理店との間に、規約書や契約書はもちろんありますが、重要なのは信頼関係ですから、これはただの紙切れですから、といつも言っています。

-ログハウスの大手メーカービックフットとは、会社の雰囲気もかなり違いますよね。

全然違いますよね。会社を伸ばそうと考えるならビックフットようなやりかたがいいのでしょうが、捨てなくてはならない部分が出てくるかもしれません。良いところを残しつつ、利益をだすという二刀流のやりかたができたらいいのかもしれませんが。

-代理店やスタッフは、音楽でセッションするように気のあった人、ということになるのでしょうか。

そこでもジレンマがあります。僕は感覚人間なので、この人だと感覚で感じるわけです。しかし、私が気に入るような人は、大抵細々と小さくやっていこうと考えている人ばかりなのです。いわゆるビジネスマッチングできる人は、組織人間だから僕は苦手に感じてしまうわけです。
しかし、会社を伸ばそうと考えるなら後者と付き合うべきだと思います。

-ログハウスメーカーが大きくなっていった場合、組織はどうなっていくのでしょうか。ログハウスを量産化して作って行こうという動きもありますが、やはり、既存の住宅メーカーのような組織になってしまうのでしょうか。しかし、そうなるとログハウスは名ばかりのものになってしまうという気もします。実際、ログハウスを選ぶ人は、プレハブ住宅が嫌でログハウスを選んでいると思うのです。

これにもジレンマがあります。ログハウスの原点はセルフビルドですからね。
聞き手:高山正行
(@夢木香HOME 2005.02.11)
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